昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 エンジンの付いた船で沖の養殖筏へ。
引っ張っている後ろの船へ牡蠣を乗せます。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 筏に吊るされた牡蠣の垂下連を
一本一本手作業で船上に上げていきます。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 この当時はまだ牡蠣養殖筏には
杉や檜を使用していますが耐波性等の理由で
この頃から急速に竹の養殖筏が普及しました。
フロートはセメントを練って造った物を使用。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 この当時、牡蠣養殖業者の中に
一本マストの付いた船を使用する業者も
見られ始めました。
この船で作業も随分と楽になったそうです。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 港に船を着けて船上で牡蠣のかたまりを
崩してカゴに入れパイプと針金を回収します。
今はプラスチックのパイプを使用していますが
この当時は竹を使用していました。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 カゴをに入れた牡蠣を担いで作業場の中へ。
重労働です。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 作業場の土間にひとまず牡蠣を移してから
打ち子さんの手元に牡蠣を移します。
朝、収穫された牡蠣がその日のうちに
剥き身にされています。
昭和30年頃の収穫〜剥き身作業風景 桶の中へ打ち子さんが手作業で
牡蠣を剥き身にします。
この作業は今も昔も変わりませんね。